2012年01月27日

必読本 第1017冊目 微差力

必読本 第1017冊目

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微差力

斎藤一人(著)

サンマーク出版

¥1,575

単行本: 158ページ

2009年11月30日 初版



●こんな少しの努力で幸せも富も手に入る!

この世は、すべて「微差」が大差を生むのです。

当代きっての実業家、渾身の書き下ろし決定版。

●斎藤一人さんの、数年前に出された本。

一昨年あたりに図書館リクエストに申し込みを入れたところ、

最近になってやっと私の貸し出し順に巡ってきた(笑)。

既に文庫化もされているやや古い本なので、

あえて今書評するのもどうかなと思いましたが、

やはり、ファンである一人さんの本なので、きちんと書いておきたいと思います。

●本書のテーマは、タイトルにズバリと表されている通り、

誰もが重視しないようなほんのちょっとの「微差」が、

後々、とてつもない「大差」となって返ってきますよ、

ということを教えてくれる内容です。

二宮尊徳の「積小為大」や、鍵山秀三郎さんの「凡事徹底」などの

理論に通じるようなお話が終始展開されており、

世の中で成功したり、幸せになるためには、

誰もがビックリするような大事業を起こさなくてもよいのだ、

ほんのちょっとの工夫や発想の転換で、

その他大勢から抜きん出た結果を最終的には示すことができるのだ、と

極めて平易な言葉で解説してくれております。

●極めて文章量が少なく、なおかつ恒例のおまけCDもついていないので、

1,575円(税込)はどうなの〜?って思いがちですが、

やはり、なかなか含蓄がある本です。

最終ページに一人さんが記しているように、7回は読み返したいものですね。

ブックオフでもよく目にする本なので、あえて新刊で買うこともないでしょう。

ここ最近の本の中では珍しく、

一人さんのお弟子さん以外の推薦書の紹介も巻末にありましたので、

近日中にご紹介したいと思います。



【マストポイント】

@「自分のことだけ考えてるのはダメなんです。

自分のためになって、人のためになって、はじめてしあわせなんです。

だから、何か商売するときに、これは人のためにもなる、

自分のためにもなる、そして、社会のためにもなるというものは、絶対成功します。

仕事のコツって、たった、それだけです。

なぜかと言うと、人のためにしかならないと、

自分が細ってきてお手上げ、長続きしないのです」

A「私が『笑顔でいるといいよ』とか、

『天国言葉を口にするといいことが起きるよ』とか、

いろんなことを言っても、一部の人しかその微差をやらなかった。

この程度のことをやっても、紙っぺら程度の薄いものだ、

みたいに思われていたんだと思います。

だけど、そうではないのです。

1センチの努力が、1メートルぐらいになって返ってくるのです。

だから、微差は楽しいのです」

B「この地球という星は、

行動しないと、何も起きない星なんです。

私が「天国言葉ですよ」というのは、

話す言葉によって考え方が熟してくる、そうすると、

行動が変わってくるんだ、という。

ただ思うことではない、言うことではないのです。

天国言葉を口にし、天国思いをすることによって、

行動が自然とそうなってくる。

いつも口にしている言葉を思うようになる。

そして、いつも思っていることが、行動に現れるようになってくる。

だから、最後には行動です。

何も行動しないで、世の中は変わりません。

安定は動くこと、です。

自転車と同じです。止まっていると、倒れちゃう。

何もやらないで「なんとかなる」って、なんともならない。

考えているだけでは、なんにも起きない。

安定は動くこと。

このことを頭に入れておいてください」

(以上本文より。一部改変)


【著者略歴】


斎藤 一人
「銀座まるかん」(日本漢方研究所)の創設者。1993年以来、毎年、全国高額納税者番付(総合)10位以内にただひとり連続ランクインし、2003年には累計納税額で日本一になる。






ラベル:斎藤一人

2012年01月20日

必読本 第1016冊目 相場師一代

必読本 第1016冊目

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相場師一代

是川銀蔵(著)

小学館

¥630

文庫本: 318ページ

1999年10月1日 新版



●個人としては破格の数百億円の株取引に成功し

「最後の相場師」と称せられた“是銀”が93歳で記した唯一の自伝。

若干16歳で単身満州に渡って商売を始め、朝鮮半島で成功失敗を繰り返す。

そして株―。波乱の生涯と地道な独学の日々から導き出される故人の珠玉の言葉の数々は、

バブルが崩壊したいまも、勝負を決する名言である。

●ビジネス本プロデューサーの土井英司さんがかつて自著で推薦していた本。

自分自身、株式投資をしていない、

というか、生来の博打嫌い、投機的なトレードに批判的なので、

あまり関心を持っていなかったのだが、

最近食指を動かされるビジネス本が至って少ないことと、

偉人の自伝として読んでも面白いとのアマゾンのレビューを信用し、

図書館から借りて読んでみました。

●貧しい生家に生まれ、家計を助けるために、

小学校を上がると奉公に出される。

ただ、幼少の頃から人一倍野心家で、

どんな方法であっても、金持ちになって天下を取るという

気概を常に持っていた。

周囲の者から大反対を受けつつも、奇想天外な方法で大陸に渡ることに成功。

軍部にうまく取り入り、御用商人となったり、

人が見過ごすようなニッチな分野で商売を拡大、

20歳そこそこで社長に就任し、

すぐに一財産築いてしまうなど、

幼少時から類まれなる商売、金儲けのセンスがあった。

戦中戦後のドサクサの時期で、

上手くいっていた商売が突然破産したり、

公安から目をつけられブタ箱に放り込まれるも、

一巻の終わりという寸前で奇跡的に救われるなど、

アクション映画を見ているかのような、

手に汗握るスピーディー、激動の展開を見せる。

●事業に失敗し、日本で隠居生活をしている時に、

思うところあって、図書館に終日籠り、

独学で経済の勉強を開始する。

全くの無収入の期間が3年。よくも妻子を路頭に迷わせなかったなという

疑問もあるのだが、この勉強漬けの日々の果てに、

大学教授をも凌駕するほどの、経済理論の習得に成功。

その知識をもとに、株式投資の世界に打って出ることを決心する。

●株式取引でのエピソードにおいては、

目の付けどころがやはり違うという観察眼の鋭さ、未来予測の的確さと、

少々のことでは動じない肝っ玉の強さに、まず驚嘆させられる。

日経の記事で儲けの種を見つけるが(氏の購読紙は日経一紙のみ)、

それを鵜呑みにせず、自ら現地まで行って調査確認し、

100%の確信を持てる段階になって、初めてゴーサインを出す。

そして、一旦行動に移したら、一刻の猶予もなく、

あらゆる方法を使って株を買い集める

(ほとんど種銭もなかったのに、よくもこれほどまでの

株式を買い集められたものだということも驚き)。

徹底した勉強主義に裏打ちされた確信と、

迅速な行動力が、著者の2大特長である。

●株式投資で巨万の富を築き上げたというと、

何か、私腹を肥やす、血も涙もない金の亡者というイメージを持ちがちだが、

普段の生活は至って質素で、酒も女もやらず、

菜食主義的な食事をモットーにしていた(このことが、高齢になってからも

頭が冴え渡り、なおかつ長寿を達成した原因になった)。

稼いだ金の大半は慈善事業に使うのが目的で、

灯油代を買うことができなくて寒さに震えるという福祉施設の

子供たちの記事を読んで、行政に駆け込み、

お年玉まで配って、恵まれない子供たちの援助をし続けた、などのエピソードなどを読むと、

とても情け心がある人情家なのだなと、ホロリとさせられます。

卑怯な手で金儲けをすることを潔しとせず、

筆頭株主になっても会社に理不尽な要求は一切しない。

逆にその会社のためになるようなことなら、身銭を切ってでも応援してやる、

日本統治下の中国朝鮮においても、現地の人々を差別せず、

日本人同様の待遇を与えて使った、などの話も出てきて、

これらも氏が没落することなく長きにわたって活躍できた理由の一つでしょう。

●冒頭記したように、

株式投資に興味がない人が読んでも文句なく引き込まれる本です。

金儲けの秘訣、先見の明の養い方、

独学の方法、逆境にも挫けない強い心の作り方、

人脈の築き方など、多くのヒントに満ちた本です。

文庫本で字が小さく、また、それなりのボリュームがありますが、

波乱万丈の100年を生きた男の一代記は、

読み始めたら止まらない面白さがあります。



【マストポイント】

@「社長だったから、酒や女の誘惑はのべつ声がかかった。

しかしそういう極道はいっさい相手にしなかった。

もしそういう極道を立場にまかせしておったら、

私はとうの昔に棺桶に入っていただろう。

なんぼでも極道ができる立場にいながらしなかったのは、

いま考えても、やはり、私は普通じゃなかったと思うのだ。

私は、おそろしく意志の強い性格を先天的に持っていたことは

間違いないようだ。

これだと思ったら、どんな困難があってもやり通す。

しかし、やっちゃあいけないことはどんな誘惑があっても手を出さない。

この意志の強さがいまの相場師・是川銀蔵を作ったのだと思っている」

A「大儲けした時はそうだった。

人が気づかぬところにいかに目を配り、

人が気づく前にどれだけ早く行動しているか。

買って、売って、休む。

これが商売で成功する三筋道なのだ」

B「人間っていうのは欲から間違いを引き起こすものだ。

本当に欲に限りない、浅ましい動物である。

私も相場では人後に落ちぬほどの勉強をし、

苦労を積んできたはずなのだが、

やはり相場とは『天井では、欲に迷い、勝ちに乗じ、

分限不相応の金高を買い重ねる』のが常なのである。

相場はまさに克服し難い魔物なのだ。

始めに心に決めた予想を出したら、それで満足すべきなのである」

C「私は一日一日、それこそ真剣勝負をやっておるんです。

失敗しても誰も助けてくれんし、自分の努力で運命を開拓していく以外、

生き残る道はない。

だから、私は一秒、一分間に全力を傾けて真剣勝負を続けました。

だから、どんな状況の時でも正確な判断が要求され、それを下してきた」

D「私だって本当は勉強は好きではない。

ただ、普通の人と違うのは勉強する時は全力を傾けて勉強するということだ。

一夜漬けの勉強など、それこそ大学を出たら忘れてしまうが、

心血を注いで勉強し、身につけた知識や経験は何十年経ったって

頭の中に生きているものだ」

(以上本文より。一部改変。今回は特別に5つ)


【著者略歴】

是川銀蔵(これかわ ぎんぞう 1897年7月28日 - 1992年9月12日)
日本の投資家、相場師。激動の時代に翻弄されながらも、時には目の前の金をドブに捨てることも厭わない信念と人間味にあふれた生き様は、まさに最後の相場師の称号に値する。





ラベル:是川銀蔵
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2012年01月13日

必読本 第1015冊目 ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない

必読本 第1015冊目

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ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない

佐々木常夫(著)

WAVE出版

¥1,575

単行本: 205ページ

2006年6月20日 新版



●入院43回、繰り返す自殺未遂、6度の転勤、

単身赴任、激務、そして…。

自閉症の子、うつ病の妻の心と命を守り抜き、

東レ同期トップで取締役、家族を再生した感動の手記。

●最近、よく各メディアで見かける著者だが、

私自身不勉強で一度もその著書を読んだことがなかった。

昨年出された著書(『働く君に贈る25の言葉』WAVE出版)の方が

現在高い人気を誇っているようだが、

あいにく図書館のリクエストに膨大な人数が待機していることもあり、

すぐに借りることができたこちらから読んでみました。

●著者は、一流企業に勤め、同期トップで取締役になるほどの出世頭だったが、

奥さんが重度のうつ病を患い、長男が生まれついての自閉症と、

家庭的に大変なハンディキャップを背負っていた。

本書は、その辺りの家庭内事情を包み隠さず述べながら、

企業での激務と家庭生活をどのようにバランスよく保って行くべきか、

また、いまだ偏見や誤解も多いうつ病や自閉症を患っている家族と、

いかにして付き合っていけばよいのかを考察する本。

●まず、何と言っても驚嘆すべきなのは、

家庭内に、治癒困難な精神的疾患を発症し、

日々深刻なトラブルを起こす人間を2人も抱えながら、

一方で、サラリーマンとして目覚ましい成果を上げて、

出世街道を突き進むことができたという事実である。

著者が、多くの場合称賛されるのは、

この一点に尽きると言っても過言ではない。

普通の人だったら、とてもじゃないが耐えることはできない、

というような過酷な人生を、挫折することなく歩んでこられた。

それは、素直に感動もするし、驚嘆させられる。

●アマゾンの書評を読むと、

度重なる転勤、単身赴任、残業などが、

家族の病気に悪影響を与えたのではないか、

よって、単純に著者を評価することはできないとの批判も目立つが、

その点はあまり突っ込む必要はないのではないかと私は考える。

著者だって、己のわがまま、願望など一切通らない、単なる一サラリーマン。

自分の意に沿わない苦境を背負いつつも、

それに屈せず、一家の大黒柱として、家庭を守り抜いてきた男の手記として

普通に読めば、大いに勇気づけられるし、感動もする。

うがった見方で捉えない方がよいでしょう。

非効率的な残業を嫌悪し、定時で上がれるような仕事を追求するなど、

仕事の効率性、生産性を考える上で、参考になる点が非常に数多く、

単純な家族感動モノ以上の価値がある本です。

●本書は、何か苦しい状態にある男性、

特に、一家を支える父親の立場にある方が読むには最適な書だと思います。

障害、難病を抱える家族がいても、それに屈せず、

ポジティブな精神状態を保つ著者に、大きく勇気づけられます。

己の甘さを痛感させられるはずですよ。



【マストポイント】

@「私は、『仕事の進め方三カ条』を徹底させた。

1、仕事は計画的に重点的に

2、仕事は最短コースで効率的に

3、仕事は結果がすべて

少し傲慢な言い方であるが、一般の民間の会社でやる仕事など

大して難しいことはない。

ちょっと頭を使えば、一日8時間前後の労働で

十分責務を果たせることが多い。

私はただやみくもに長時間労働している人や組織を見ると、

生理的嫌悪感さえ感じる」

A「色んな事件が起こっても、朝は訪れ、夜は来る。

会社の多忙な仕事は毎日続く。

『何のために結婚したのか』『何のためにこんな苦労をしているのか』

といった『何のため』という問題ではないのだ。

要は、自分が出会った人生であり、自分が選んだ人生なのだ。

それなのにこんなに惨めになるなんて、それは私の生き方ではない。

私はいつも、『必ず良い日が来る』という前向きな姿勢を持っていたはずだ。

いや、絶対良い日は、笑い合える日は必ず来る。

心細い心境になりながら、私はそう信じていたかった」

B「私を支えてきたのは、家族、友人、同僚など私の周りにいる人たちとの連帯感、

お互いに発する愛情である。

私には他人であっても家族と同じくらいの愛情を感じるところがある。

私の周囲の人たちは深い愛情で私を支えてきてくれた。

私は決して不幸なだけでなく、幸福でもあるのだ」

(以上本文より。一部改変)


【著者略歴】

佐々木 常夫
1944年秋田市生まれ。6歳で父を亡くし、4人兄弟の次男として母の手ひとつで育つ。1969年東大経済学部卒業、同年東レ入社。自閉症の長男に続き、年子の次男、年子の長女が誕生。妻は肝臓病が元で入退院を繰り返す中、うつ病も併発し、何度か自殺未遂をする。43回もの入院をした妻も最近は少し回復。すべての育児・家事・看病をこなさなくてはならない過酷な日々の中でも、仕事への情熱を捨てず、大阪・東京と6度の転勤、破綻会社の再建やさまざまな事業改革に全力で取り組み、2001年、東レ同期トップで取締役となり、2003年より東レ経営研究所社長。経団連理事、内閣府や総務省の審議会委員、神戸大学経営学部講師などの公職も歴任する.





ラベル:佐々木常夫
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2012年01月12日

必読本 第1014冊目 社長が戦わなければ、会社は変わらない

必読本 第1014冊目

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社長が戦わなければ、会社は変わらない

金川千尋(著)

東洋経済新報社

¥1,470

単行本: 214ページ

2002年12月19日 新版



●八方ふさがりでも「活路」あり!

深刻な不況が続く業界にあって、7年連続で最高益を更新。

世界トップシェアのメーカーを米国で経営するなど、国際的に評価の高い「金川流経営」のすべて。

●昨年末にご紹介した(必読本第1011冊目参照)、信越化学工業社長の金川千尋さんの10年前に発売された本。

最近、タイトルも変え、内容も加筆されて改訂されたが、

それの元となった本である。

ちなみに、その本は、以前もチラリと書いたことがあるが、

昨年発売されたビジネス書の中では筆頭の名著という誉れである。

●「株式会社の経営者のボスは株主だけ」と、ドライな持論をいきなりぶったり、

GEのジャック・ウェルチを崇拝していたり、アメリカで事業経営をされていることもあり、

欧米流の、血も涙もない冷酷な経営者なのかと、初めての方は心配してしまうだろうが、

贅沢を嫌い、質素な生活を好む、

権謀術数を使い、人を陥れるような卑怯な手法を嫌悪し、人の恩義、人間関係を重視する、

山本五十六など、軍人などの生き方にヒントを見出すなど、

和洋折衷というか、西洋と東洋のいい面だけを効果的に吸収する、

バランスが非常に取れた経営者といった印象を受ける。

●増補改訂されたぐらいに定評があっただけのことはあり、

他にも、「金川流会社経営の極意」が、非常に単純明快に語られている。

少数精鋭主義、徹底した無駄の排除、

時流を先読みし、未来に備える、

是々非々、非合理的な守旧派の意見に屈しない、

人真似でなく、オリジナリティを持った経営感覚を養う、

海外でのビジネス成功の秘訣など、とにかく参考になる話が満載である。

●前回ご紹介した書もそうだったが、

とにかく文章が軽妙洒脱で読みやすいのも長所だ。

無駄を嫌う性格を反映しているのか、

ポイントが手際よくまとめられているので、

200ページの薄さもあり、読み始めたら一気に読破できる。

本書は、特に、斜陽産業でもがいている中小企業経営者におススメの書です。

新しい本をご希望の方は、既述の改訂版をご購入すればよいのですが、

内容的に大して古びてないので、本書でも十分満足できるかと思います。



【マストポイント】


@「会社の理念さえ正しければ、それだけでうまくいくのなら、

こんなに簡単なことはありません。

事業はそれほど甘くなく、予測不可能な事態が次々に起こり、

そのたびに臨機応変な対応を迫られます。

実際の事業のなかで経営者は試され、

それを乗り越えることで事業家としての手腕が磨かれます。

また、危機を乗り越えるにつれて、会社は強くなっていくのです。

現在の私は、常に最悪を想定して経営にあたっており、

このことは現代の経営者にとって必須の姿勢だと思っています」

A「日本企業が海外に出ると、よく国際性がないと言われます。

日本人が一番いけないのは、イエス、ノーをはっきりさせないことです。

そして、出来ないことでもあたかも出来るかのように言ってしまうことが、

トラブルを招いてしまうのです。

海外で仕事をするときには、

『出来るかどうかわからないけど、まあ、いいや、

出来ると言っておこう』という態度ではいけません。

出来ないときは、理由を明確にして、『出来ない』とはっきり言う。

これが大切です。

英語圏で、一度『出来る』と言ったことを実現できなかったら、

それだけでもうおしまいです。

決定的に信用を失い、二度と話を聞いてはもらえません」

B「(著者のことを信用し、ずっと重用してくれた元社長の)小田切さんと

私とは、経営者としての共通点がいくつかありました。

私もそうなのですが、小田切さんもだめな人はあまりあてにしていませんでした。

小田切さんは温厚で円満な人柄でしたから、

口に出してそういうことはおっしゃいませんでしたけれども、

だめな人は相手にしていませんでした。

小田切さんは人をよく見て、その人の実績を公平に評価し、

真価を正しく見抜く経営者でした。

その上で、真に有能な人だけを信頼していました。

もう一つの小田切さんと私に共通していることは、

オリジナリティを持っていたということだと思います。

小田切さんは、問題が起こったときに、

人に教わったことでも本に書いてあることでもなく、

独自の発想で解決していました。

その発想は、昔の経験から出るものもあれば、

まったくのひらめきから来るユニークなものもあったようです。

そんな独自の発想を総合して、事業を成功させるということです」

(以上本文より。一部改変)


【著者略歴】

金川 千尋
信越化学工業株式会社・代表取締役社長。1926年当時日本統治下の朝鮮・大邱生まれ。50年東京大学法学部卒業、極東物産(現三井物産)入社。62年信越化学工業に入社し、70年に海外事業本部長となる。78年塩化ビニール事業の海外子会社、米国シンテック社長に就任、塩ビ事業を世界最大規模に成長させた。90年シンテック社長と兼務で、信越化学工業の代表取締役社長に就任。2007年3月期決算では12期連続で最高益を更新。



ラベル:金川千尋
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2012年01月05日

必読本 第1013冊目 経営に終わりはない

必読本 第1013冊目

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経営に終わりはない

藤沢武夫(著)

文春文庫

¥490

文庫本: 235ページ

1998年7月10日 新版



●「おれは金はもってないけれど、金はつくるよ」

著者・藤沢武夫はこう言って本田宗一郎とコンビを組んだ。

単に一企業の儲けを考えるのではなく、社会的責任を全うするという愚直な道を選び、

なおかつ本田技研を二人三脚で世界的企業に育て上げた名経営者が、

初めて明かす、自らの半生と経営理念。

●新年あけましておめでとうございます。

今年も変わらぬご愛顧よろしくお願い致します。

新年2012年一発目の本は、

前から頭の隅っこで気になりつつも未読だった、

本田宗一郎を横で支えた名参謀、藤沢武夫さんの名著をご紹介いたします。

本書は、ビジネス書プロデューサーの土井英司さんの本で

かつて紹介されたこともあり、数年前に人気が再燃しました。

読書欲旺盛な方の中では既に読了された方も少なくないかと思います。

●本書の内容は、単なる無名の町工場の一つにすぎなかった本田の自動車工場を、

その本田の人柄や才能にほれ込み、

己の運命を託した藤沢武夫が、仕事人生を総括し、

かつ、本田技研をいかにして、

世界的企業にまで押し上げていったのかを熱く語った内容である。

●本書を読んでまず感銘を受けたのは、

本田も藤沢も、全く資金力がなかった創業時から、

金儲けよりも、ユーザーの安全性を最優先に考え、

仕事に携わっていたことである。

日本自動車産業の勃興期には、それこそ、

一山当てようという山師的な人間たちが、

車の安全性を度外視し、ただ売れればいいという安易な考えで、

欠陥車を大量に製造、販売していたはずである

(そして、そういう企業家の多くは、当然、この業界からは淘汰されていった)。

しかし、本田も藤沢も、起業当初から、

自分たちは、人々の命や安全を守る仕事をやっているのだ、

という意識が非常に高かった。

クルマ屋としての本分を絶対に忘れたりしなかった。

そういう大前提としてのモラルがあったから、何度も襲ってくる

企業としての危機においても、身を謝ることなく、

何とか乗り切ることが可能だった。

●また、それに勝るとも劣らず感銘を受けるのが、

幾度となく訪れる製品の致命的な欠陥を、

決して諦めることなく克服してみせる本田のエンジニア魂と、

門外漢である製造開発には一切口ばしを挟まず、

資金調達、生産調整、人事、組織改革など、

裏方屋に徹する藤沢の身のわきまえ方である

(これは、起業当初のアップル、

ジョブズとウォズニアックの関係性を彷彿とさせる)。

自分の強みにだけ特化し、弱いところは強い人に任せる。

役割分担を徹底し、任せた人のことは最後まで信用する。

我々凡人も決して忘れたくないことである。

●また、本田という一人の希有な天才創業者の力だけに

頼った企業であっては永続化しない、

第二、第三の本田を生み出すような企業であらねばならないという、

藤沢の考えにも心を打たれる。

終盤、その地位に恋々とすることもなく、

25年という区切りの時期に、

本田とともに潔く身を引き、後進へバトンタッチする場面なども、

映画のラストシーンを見ているかのような爽快感で、

本書の後味の良さを際立たせている。

●他にも、二輪車から四輪車への進出への経緯、

販売店をいかにして開拓していったか、

金融機関との付き合い方、

大量の社員や労働組合などの人心をいかにして掌握していったか、

海外進出の苦労話、研究所を独立させた意図、

国際カーレース出場や鈴鹿サーキット建設の舞台裏など、

ホンダ社史として読んでも、非常に有用である。

自動車業界以外の方が読んでも、多くのヒントを見つけることができる本。

やや古い時期に書かれたものだが、

その根底に流れている企業家精神はいささかも古びてはいない。

勇気が鼓舞されるという意味において、

新春に読むビジネス本として最適かと思う。


【マストポイント】

@「鈴鹿でみんなにいったことは、

帰りのお客さんの顔をよく見て商売しろ、ということでした。

つまらなそうな顔をして帰ったら、もう二度と来ない。

それが商売の鉄則だということですね」

A「なんといっても金には魅力、というより魔力があります。

しかし、金儲けをする能力ならば、本田宗一郎より私の方が上です。

しかも、私はやろうと思えばできないことはない地位にいた。

しかし、どんな場合にも本業以外で儲けることはやりませんでした。

個人でもやりません。株にだって手を出せないわけはないんですが、私はやりません。

自分の身のまわりはいつもきれいにしている。

だから、みんながついてきてくれる。

つまり、私が何をいっても安心していられるのは、

私の身ぎれいさ―それは金の問題に関してですが―

それが重要なポイントです。

そうすれば、私が苦しむときに、みんなにも苦しんでくれといえます」

B「本田って人は、自分が苦労をしているから、

人の分けへだてをしない人なんです。

白子工場をつくったとき、

まだ機械もろくに入っていないのに、

従業員の便所を水洗にして、石鹸を置かせたのは、本田です。

食べるところと同じように、出すところもまず清潔にしなきゃいけないというのです。

金がないときに、そこまでしてくれという。

そんなところが、皆をますます“本田かぶれ”にさせてゆくわけです」

(以上本文より。一部改変)


【著者略歴】

藤沢 武夫
1910年、東京生まれ。28年、旧制京華中学卒業。以来、丸二製鋼所、日本機工研究所長などを経て、49年、本田技研常務取締役、52年、専務、64年、副社長に就任。73年に第一線を退き、取締役最高顧問、83年取締役を退任。


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