2008年10月17日

必読本 第792冊目 ヒマラヤ聖者の生活探究 第1巻

必読本 第792冊目

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ヒマラヤ聖者の生活探究 第1巻

ベアード T.スポールディング(著), 仲里 誠吉(翻訳)

¥ 2,100 (税込)

霞ケ関書房

単行本: 248ページ

1969年9月25日 初版

 

先日ご紹介した船井幸雄さんの本(必読本第767冊目参照)の中で、

船井さんご自身の座右の書として紹介されていた本。

馴染みの大型書店などでも在庫がなく、

どうしたものかと困っていたら

灯台下暗し、よく調べてみると、

近場の図書館に5冊セットで置いてあった。

本日はちょっと忙しくてバタバタとしていたが、

急いでシリーズ第1巻目を読んでみることにしました。

●あらすじを簡単に記すと、

著者は、アメリカ人で、1894年に極東を訪れた11人の調査団の中の一人。

3年半あまりの滞在中、ヒマラヤの奥地で、

超人的な力を持つ数多くの大師たちに会い、

その摩訶不思議な体験や貴重な教えの数々を克明にまとめたものである。

奥付を見ると、初版は「昭和44年(1969年)9月25日」で、

私が手に取ったのは「平成12年9月5日  15刷」となっている。

40年近くも愛読されてきた、知る人ぞ知る、

この分野の隠れ名著である。

●先日ご紹介した同系列の本(必読本第782冊目参照)と比べ、

時代的に古く、翻訳もややこなれていない。

また、登場人物などの写真も皆無である。

よって、読んでいても難解さを感じることが多く、

正直、信憑性に乏しいことも否めない。

一読しただけではちょっとピンと来ない本だと思いますので、

船井さんのように、繰り返し再読するしかないだろう。

●ただ、目次には、

「水上歩行」、「雪男よりの救出」、「一千歳の超人」、

「四百歳の美女の生活」、「一年前設立の廟」などという、

不思議系の話好きにはたまらないような

エピソードが盛り沢山で挙げられているので、

読書欲をそそるのは間違いないです。

前記したように、翻訳がちょっと読みづらく、描写がやや抽象的なので、

なかなか実際の情景をイメージしにくく、

目次タイトルほど驚かされるようなことにはならないと思うが、

実際このような人々がヒマラヤ奥地にいまだ存在しているかと

想像するだけでもワクワクしてしまうことでしょう。

第2巻目以降も、機会があれば書評したいと思います。

●スピリチュアル、神様、ヨガ、超能力などに

興味をお持ちの方は、読んでいないとモグリだと思われるぐらいの

定番書のようですので、一度は目を通しておいたらよいでしょう。

5冊全部揃えると、1万円を超えますが、

私のように図書館に置かれている例もありますので、

がんばって探してみて下さい。

【マストポイント】

@「沈黙は力である。

わたしたちが心の中にある沈黙の場に達したとき、

わたしたちは力の場―そこではすべては一つの力である―

即ち、神に達するのです。

集中された力は神である。

散乱した力は騒音となり、集中した力は沈黙となります。

沈黙の中において神につながるのです。

神と一つになるのです。

わたしたちは、集中によってすべての力と一つになるのです。

これは人間が神より受けついだ遺産であります」

A「この村には平癒の廟というものがあった。

建立以来この廟の中ではただ生命、愛、平和、完全という言葉のみが

口にされてきて、それが極めて強烈な波動となって蓄積され、

廟を通り抜けるだけで殆んどすべての病気が立ちどころに

癒されるというのである。

この廟では生命、愛、平和という言葉だけが、かくも長年月に

わたって語られてきているので、

それから出る波動は極めて強烈であり、

たとえ不調和や不完全を意味する言葉を

何時なんどき使ってみたところで、何の影響も及ぼせないそうである。

人間の場合にしてもその通りで、事実わたしたちは

不調和な言葉を使ってみようとしたが、その都度それは言葉にならなかった」

B大師「わたしどもはあなた方と同じ人間にすぎないんですよ。

どうして皆さんはわたしたちを強いて変わった存在だと

見たがるんですか。

わたしどもは決して変わってはいないんです。

只、わたしどもは神から与えられた力を皆さんより余計発達

させただけなんですよ」

著者「それじゃ、あなた方と同じことがわたしたちにできないのは、

どういうわけでしょうか」

大師「わたしどもと知り合う人達が、私どものあとにならい

同じ業(わざ)をしないのは何故でしょうか。

わたしどもは自分の生き方を人に押し付けることはできないし

また押しつけようとも思いません。

人間の生き方は皆自由だし、それぞれの行きたい道を

行けばよいのです。

わたしどもはただ易しくて簡単な道、

わたしどもがこれまでやってみて非常に満足の行く道を

示そうとしているだけです」

(以上本文より。一部改変)

posted by miura at 18:39| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神世界・不思議系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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