2009年01月05日

必読本 第838冊目 建築家 安藤忠雄

必読本 第838冊目

anndou1.jpg

建築家 安藤忠雄

安藤 忠雄 (著)

¥ 1,995 (税込)

新潮社

単行本: 383ページ

2008年10月25日 初版

 

●プロボクサーの夢破れ、独学で建築の道を志した。

だが、思うようにいかないことばかり。

それでもわずかな可能性に賭けて、必死に生きてきた。

生涯ゲリラとして建築で社会と闘い続けてきた男が、自らの激動の人生を綴る。

●言わずと知れた、我が国建築学界の第一人者、

日本が世界に誇る天才、安藤忠雄さんの初の自伝である。

プロボクサーから建築家になった。工業高校出身で大学在学経験がなく、

全くの独学で建築の勉強をし、東京大学教授にまでなった。

賛否両論相半ばする、独特のコンクリート打ちっ放し建築などなど、

変り種の建築家として有名で、 私自身もその人となりを一度時間をとって

真剣に学ばなくてはならないなとずっと思いつつも、今までその著書を読む機会がなかった。

年末年始のお正月休み期間中に読む本として、 ずっと携行していた本。

●双子の兄として生まれて早々、長屋に住む祖母に預けられ、

その後、建築家の基礎となるような独特の家庭内教育を施される。

弟が先に始めたボクシングで短期間の内にプロライセンスを取得するも、

たまたま出会ったファイティング原田の凄さに圧倒され、

ボクサーとして生きていく道を断念する。

経済的な理由などで大学進学を断念し、アルバイトなどで貯めたお金を

元手に日本一周、世界一周旅行に出て、あらゆる建築物を見てまわる。

昔、安藤さんのインタビュー本で、大学4年分の建築の勉強を

1年でやり終えようと決意し、ほとんど外出せず、極限まで睡眠時間を削って、

自宅で猛勉強の日々を送ったということを語られていたことがあった

必読本第712冊目参照)が、 そのことに関してはあまり深くコメントされておらず、

勉強法を知りたかった読者としてはちょっとガッカリ。

●師匠を持たなかった孤高の天才が、

ひそかに尊崇の念を抱いたというル・コルビュジエ、ガウディ、丹下健三などの

大建築家への思い、なぜ、素材としてのコンクリートにこだわるのか、

高卒なのに最高学府東大教授を依頼された時の顛末、

阪神淡路大震災を境に変転した建築への思い、

サントリー佐治敬三、演劇家唐十郎などとの交遊録、

文字通り「命を懸けて」完成させた、光の協会、六甲の集合住宅の

完成までの感動的エピソードなど、

途中にストップするのが難しいほどに、ドラマティックなエピソードが

次から次へと紹介されている。

●出版社も気合いが入っていて、紙質が非常に丈夫なものが使われているし、

写真はあの荒木経惟さんが担当されている。

380ページの分厚さに、堅牢なハードカバー。

ちょっとした辞書はあろうかという威容に、

一瞬気おされてしまうが、意外にも読破には時間がかからない。

なぜなら、軽妙洒脱な文章でスイスイ読んで行くことができるということと、

著者が関わった建築物などの写真 (国立国会図書館かというほどに、

膨大な書物を収めた書庫の写真は特に圧巻)が数多く掲載され、

その分でページ数が消費されているからである。

序章と終章併せて全14章。

内容の面白さもあり、軽快感を持って読み進むことができる。

半日ぐらい時間を確保しておき、覚悟を決めて読み始めれば、

一気に読めます。

●今年2009年一発目に紹介する本が、

ハンパな本では嫌だなぁと心配していたが、 紛う方なき大傑作。

映画、絵画、演劇、テレビドラマ、コンサートなど、

世の中に感動を与えてくれるものはゴマンとあれど、

まさに読書の醍醐味を感じさせてくれる書物です。

●建築などモノづくりを生業とされている方、

新築一戸建てをお考えの方(「住居」とは何ぞや、「住む」とは何ぞやという

根源的な問いに対する安藤さんらしい答えが記されている) 、

企画立案、交渉事を担当されている方

(法規制を理由に、理不尽な圧力を行政からされるにもかかわらず、

粘り強く己の正当性を主張し続け、最後には認可を得る話や、

骨の折れる海外でのプロジェクトでのエピソードなどが紹介されている)ならば、

必読の本です。

●全くの徒手空拳の状態から、世界に名だたる大建築家になった

安藤さんの姿には、無限の勇気と感動を得られるはずです。

この内容で、定価2,000円を切るというのも驚き。

赤字覚悟の大バーゲン価格。

個人的には、3,450円ぐらいにしてもいいぐらい。

10,000円ぐらいの内容を誇る、福袋のようなお得感を感じさせる本です。

 

【マストポイント】

@「事務所を開設して数年間は、私とスタッフとの年齢差も10歳そこそこだったし、

血気盛んな若い時分で、すぐに手も足も出た。

ただ、デザインのセンスが悪いといって、責めたことはない。

大切なのは、「その建物を使う人間への、気遣いができているか、

定められた約束を守り遂行できているか」ということ。

問うのは、担当者一人ひとりの「自分がこの仕事をやり遂げるのだ」という自覚である。

勘が良い青年なら、2年も経てば、充分仕事を任せられるようになっていく。

そうして、経験が浅い若者に、次々と仕事の機会を与えていき、

失敗したら“俺が責任を取る”という覚悟でこちらが臨めば

若者はどんどん成長するのだ。

あたかも大企業の一員といった感覚、

「誰かがするだろう」「上司が責任をとるだろう」などと他人にもたれあったり、

責任の所在があいまいだったりすると、悪い意味でのサラリーマンには

なってほしくない。

自分で状況を判断し、道筋を定め、試行錯誤しながら前に進んでいく、

一人ひとりが責任を果たす覚悟をもてる、そんな力強い個の集まりでありたい。

他人の資金で、その人にとって一生に一回きりかもしれない建物を

つくるのだから、それなりの覚悟と責任が必要なのである」

(ちなみに、事務所にアルバイト、勉強にくる学生には、

必ず「さん」付けで呼ぶこと、目下の者だからという横柄な態度をとらないことを

徹底させているそうである)

A「バブルの時期、日本の都市空間は、 完全に狂った市場原理に支配されていたともいえる。

その余波は、大阪にいる私の所にも押し寄せてきて、

「好きに画を描いてください」などと、巨大なショッピングセンターや

郊外の大規模分譲マンションの計画、リゾート地の開発計画などの話を

持ちかけられたこともあった。

それらは“稼げる”仕事ではあったが、私は商業色の強過ぎる仕事や、

クライアントとの意識のズレが大きいと感じるときは、

あえて受けないようにした。

その分、いくつか始まった公共の仕事に、事務所の体制を切り替えていった。

東京青山に作ったコンプレックスあたりが、最後の商業建築施設だったように思う。

商業のための建築で、市場原理と格闘して自分の思う建築をつくることに

疲れたからというのではない。むしろ、土地と投機のゲームの駒でしかない建築に、

もはや“格闘”する手がかりが見出せなかったから、そのゲームに巻き込まれたら

自分を見失ってしまうと危険を感じたから、

私は商業的な仕事から距離を置くことに決めたのだった」

(ちなみに、本文で、安藤さんは、アラブドバイの、

自己満足的な高層ビルの高さ競争のようなものには、

全く興味がないとも言われている)

B「…現実の社会の中で、本気で理想を追い求めようとすれば、

必ず社会と衝突する。

大抵、自分の思うようにはいかず、連戦連敗の日々を送ることになるだろう。

それでも、挑戦し続けるのが、建築家という生き方だ。

あきらめずに、精一杯走り続けていけば、いつかきっと光が見えてくる。

その可能性を信じる心の強さ、忍耐力こそが、建築家に最も必要な資質だ…」

C「「1941年大阪生まれ。独学で建築を学び1966年、安藤忠雄建築研究所設立…」

私の経歴はこの一文で始まる。多くの人は、「独学で建築を学び」のくだりが

気になるらしく、雑誌のインタビューでも何度となくこの点を聞かれてきた。

「本当に独学なのか?」

「独学とは、一体何をどうして建築を学んだのか?」

その問いに対して、私はこう答える。

「大学へも行かず、直接、師と仰ぐ人もいなかったから独学と書いている」

「何をどのように学ぶべきか、今も学んでいる最中だ」

たいていの人がユーモアとして受け取れるようだが、

これが本当に、正直なところなのだ」

D「とにかく最初から思うようにいかないことばかり、

何かを仕掛けても、大抵は失敗に終わった。

それでも残りのわずかな可能性にかけて、ひたすら影の中を歩き、

一つつかまえたら、またその次を目指して歩き出し―

そうして、 小さな希望の光をつないで、必死に生きてきた人生だった。

いつも逆境にいて、それをいかに乗り越えていくか、というところに

活路を見出してきた。

だから、仮に私のキャリアの中に何かを見つけるとしても、

それはすぐれた芸術的資質といったものではない。

あるとすれば、それは、厳しい現実に直面しても、

決してあきらめずに、強かに生き抜こうとする、生来のしぶとさなのだと思う。

人生に光を求めるのなら、まず目の前の苦しい現実という影を

しっかり見据え、それを乗り越えるべく、勇気をもって進んでいくことだ。

何を人生の幸福と考えるか、考えは人それぞれでいいだろう。

私は、人間にとって本当の幸せは、光の下にいることではないと思う。

その光を遠く見据えて、それに向かって懸命に走っている、

無我夢中の時間の中にこそ、人生の充実があると思う」

(以上、本文より。一部改変。

長文になりましたが、年頭なので特別に5つ掲載。

本文には、特に重要な発言が抜粋されて1ページを割り振られ、

名言集的に掲載されている。

絞りきれないぐらいにその手の名言が多いので、

興味ある方は是非本体に当たってほしい)

 

【著者略歴】

安藤 忠雄
1941年大阪生まれ。建築家。世界各国を旅した後、独学で建築を学び、1969年に安藤忠雄建築研究所を設立。イェール大、コロンビア大、ハーバード大の客員教授を務め、1997年東京大学教授、2003年から名誉教授に。1979年に「住吉の長屋」で日本建築学会賞、2002年に米国建築家協会(AIA)金メダルほか受賞歴多数。

 

ラベル:安藤忠雄
posted by miura at 17:37| 山形 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 自伝・一日一話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初コメですo(〃^▽^〃)o
なかなか興味津々です( ̄m ̄〃)
また覗きにきますね♪
Posted by ゆうきん at 2009年01月05日 20:58
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。