2009年02月06日

必読本 第849冊目 路傍の石

必読本 第849冊目

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路傍の石

山本 有三(著)

¥940(税込み)

新潮社

文庫:601ページ

1980年5月1日 初版



●極貧の家に生れた愛川吾一は、貧しさゆえに幼くして奉公に出される。

やがて母親の死を期に、ただ一人上京した彼は、

苦労の末、見習いを経て文選工となってゆく。

厳しい境遇におかれながらも純真さを失わず、

経済的にも精神的にも自立した人間になろうと努力する吾一少年のひたむきな姿。

本書には、主人公吾一の青年期を躍動的に描いた六章を“路傍の石・付録”として併せ収める。

●昨年末だったか、NHKで、栄華を極めた建設会社社長が、

ちょっとした世間の風評が元で会社が倒産、すべてを失い、

一転して、泥水を飲むようなタクシー運転手暮らしを

強いられるのだが、本書を読んだことを境に一念発起、

勤務する会社でも1位2位を争う売れっ子ドライバーになったという

ドキュメント番組が放映されていた。

その時に非常に興味を覚えて、図書館から借りてきて読んだ本。

読書好きならば小中学校時代にでも既に読破されている方も多いはずの名作、

山本有三さんの『路傍の石』である。

●あらすじは上記に記したので、重複を避けて簡単に心に残ったことを記すと、

本書は、父親が悪知恵だけは働く道楽者で、母親がその夫に散々泣かされつつ急死。

母の葬式にさえ現れない父に愛想を尽かし

(行方不明になり、縁を切ったはずの父親が後年吾一の元に現れ、

ずうずうしくも居候をし、なおかつ吾一の虎の子の貯金を勝手に使い込んでしまうという

シーンなどは、あの市川善彦さんの自伝とウリ二つであり、驚かされる)、

天涯孤独になった主人公吾一が、

上京した先でも、次々にいじめ、試練、悲劇、事件に見舞われるが、

正直、勤勉、独立心を忘れずに、少しずつ少しずつ

世間に認められて出世していくという内容の成長物語である。

●主人公の青年期を描いた付録も併せて、相当の分量があるが、

読み始めたら止まらないおもしろさがある。

昔の小説にありがちな古臭い漢字や語句もほとんどなく、

文体的にも淀みなく読み進むことができる。

戦前戦後の検閲問題や著者の健康問題などのゴタゴタがあり、

小説として未完で終わったことも、豆知識として知っておいて損はないでしょう。

●頼るところのない天涯孤独の身から、苦難に屈せず、

成功への道を歩んでいくという意味で、

どん底から這い上がったビジネスマンの復活物語として読めば得るところが多い本です。

そういう路線で推薦されることが少ないかと思いますが、

ライバル、敵からの手ひどい攻撃、いじめ、噂話をされた時の対処法、

家族、上司、部下、同僚、師などの人間の付き合い方、見極め方、

全くの徒手空拳の状況から、世で認められて名をなす方法、

人を責めない、不遇を恨まない、運命を受け入れ、独立自尊の心で生きるなど、

私のようにほとんど日本文学などを最近読まないという社会人の方でも、

数多くのヒントに満ちた本です。

有名な著者が推薦するなど、こんな過酷な時代だからこそ、

もっと注目されてもよい本。

「蟹工船」よりももっとブームになってもいい。

●読後は、主人公吾一が味わった辛酸、屈辱、悲劇を思えば、

今自分が味わっている苦労など、大したことがないと思えるはずです。

派遣切りぐらいでギャアギャア騒いでいるのが滑稽にさえ思える。

親と生き別れたという方、

成績優良だが、経済的な理由で進学を断念せざるをえなかった方にもオススメ。

斎藤一人さんが自著で語った言葉の原初ともいえる文句がそこここに発見され、

一人さんも若い時分に愛読して、辛い時に自分を励ましたのだろうなぁと

ニヤリとさせられたことも最後に付記しておきます。


【マストポイント】

@「“吾一”というのはね、「われはひとりなり、われはこの世にひとりしかいない」という意味だ。

世界に、何億の人間がいるかもしれないが、おまえというのものは、いいかい、愛川。

愛川吾一というものは、世界中に、たったひとりしかいないんだ。

そのたったひとりしかいないものが、汽車のやってくる鉄橋にぶらさがるなんて、

そんなむりゃなことをするってないじゃないか。

お前、死んじまって中学校に行けるかい。

死んじまって中学校に行けるかい。おまえは中学へ行って、立派な人になりたいと思っているだろう。

それだのに、あんなバカなまねをやってどうするんだ。

よく世間では、このつぎ生まれ変わってきた時には、なんて言うけれども、

人間は一度死んでしまったら、それっきりだ。

愛川吾一ってものがひとりしかないように、一生ってものも、一度しかないのだぜ。

死ぬことはなぁ、愛川。おじいさんか、おばあさんにまかせておけばいいのだ。

人生は死ぬことじゃない。生きることだ。これからのものは、何よりも生きなくてはいけない。

自分自身を生かさなくってはいけない。

たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに生かさなかったら、

人間、生まれきたかいがないじゃないか」(吾一をたしなめる次野先生の言葉)

A「お前にも勉強させてやりたいと思ったのだけれど、うまくいかなくって、残念だった。

しかしな、愛川、学問をやることだけが大事なことじゃない。

人間、何をやってもいいんだ。一番大事なことは、まっすぐに生きることだ。

いいか、よく働くんだぞ。それから、からだを大切にしてな」

(文学修行で上京するため、吾一と駅で別れる次野先生の言葉。

だが、実は、次野は吾一のための進学の費用を私的に流用していた。

後年、それを聞かされても、吾一は怒ることなく、次野を快く許す)

B「いいかい、辛抱するんだよ。つらくっても、我慢をしなくっちゃいけないよ。

働くってのは、「はた」を「らく」にしてやることさ。

そうなんだよ、働くと、はたの人をらくにしてやると、

自分もきっと、らくになるんだよ。

ひとりでに、金がたまってくるからね。おまえさんも、早くから心がけて、

金をためるようにしなくっちゃいけないよ。

今の世の中じゃ、金がなくっちゃ、どうすることもできないからね。

おまえさんは若いんだから、うんと働かなくっちゃいけないよ。

働いてお金をどっさり、ためるんだよ。

若い時、骨惜しみをしちゃだめだ。

そうだね、おまえさんが、出世をしたいと思ったら、

みんなが仕事をはじめる前に、仕事をはじめるんだよ。

そうして、おしまいの時は、

みんながすっかり手を洗っちまうまで、仕事をやっているんだよ。

これが出世の秘法だよ。金持ちになる奥の手だよ。

どうだい、わかるかい。

こいつがわからない人には、どの道、出世する見込みはないのさ」

(印刷所で、みんなからこっぴどくいじめられている吾一を

陰で慰めていたじいさんの言葉。

腰が曲がった老人だが、万事にマメで、いつも手を休めていることがなく、

たいそうな財産家だったという)

(以上本文より。一部改変)



【著者略歴】

山本 有三
1887‐1974。栃木県生れ。東京帝大独文科卒。1920(大正9)年、戯曲「生命の冠」でデビュー。『嬰児殺し』で注目を集め、日本の新劇の基礎を固めた。大正末期から小説にも手を染め、『波』などの新聞小説で成功を収める。その後、ひたむきな女医を描いた『女の一生』、勤め人一家の愛と犠牲の日々を書いた『真実一路』、逆境をたくましく生きる少年を書いた『路傍の石』で国民的作家となった。子供達に向けて書かれた『心に太陽を持て』は、今も小・中学生に読まれている名作。



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