2009年02月21日

必読本 第861冊目 いまをどう生きるか 現代に生かすブッダの知恵

必読本 第861冊目

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いまをどう生きるか 現代に生かすブッダの知恵

松原 泰道 ・五木 寛之(著)

¥1,500(税込み)

致知出版社

ハードカバー:257ページ

2008年12月25日 初版



●松原泰道氏101歳、五木寛之氏76歳、ともに語った「完熟の人生」論。

よりよく生きよりよく死ぬために。

●最近、書店、図書館の新刊コーナーをよく観察していると、

社会不安的な空気が世の中に蔓延していることもあり、

生きるためのヒントを探すことを目的にしたような、

ブッダ、孔子、老子などの古典系の本を数多く目にするような気がします。

本書は、仏教に関する書物も多い小説家の五木寛之さんと、

御年101歳になられる名僧松原泰道さんの対談本です。

ブッダの生涯を紹介しながら、

迷い多き現代人が、いかにして生きるべきかを解説してくれるというテーマの本です。

ちなみに、25歳という親子ほどの年齢差もあるお二人ですが、

早稲田大学文学部出身という共通点があります。

●この本は、以前NHKのテレビ放送とコラボして出版された

五木さんの「仏教伝来の旅」シリーズと併読すると、

極めて頭に入りやすいでしょう。

ブッダの足跡を辿った時の旅の模様が、本書でも具体的に記されているし、

そのシリーズと本書では、同じ写真が使われているからです。

●宗旨宗派を超えて、一人の思想家、人間の生き方を探求した一人の賢人としての

ブッダを学びたいという方には、極めて得るところの多い本です。

仏教の創始者ブッダは、色々な伝説や迷信など、とても謎に満ちた存在ですが、

何不自由のない王子だった時から、奥さんも息子も捨てて修行の旅に出たこと、

様々な艱難辛苦の末、悟りを開いてブッダになり、80歳で死ぬまで

諸国を漫遊し、教えを伝道していったことなど、

偉人の伝記を読んでいるかのような趣で、その一生を知ることができます。

本書を読み終わると、何か雲の上の存在だったブッダという偉人に対して、

実に親近感を持つことができるはずです。

●寺の僧侶というものは、何かといえば、

すぐに自分の宗派の優秀性ばかり誇示し、

他の宗派や異教などを手ひどく罵倒したりする人がいたり、

生臭いことしか頭になくて、「人の生き方」の何たるかも語ることができないような

俗物丸出しな人がいたりして、閉口させられることが少なくないのですが、

五木さんも松原さんも、仏教というものに対して、

そんな度量の狭い捉え方をしていないことが非常に印象的です。

実に包括的かつ大局的な視点で、仏教を考察されているのが素晴らしい。

●また、驚かされるのは、

一人で寝起きできないぐらいにお体が不自由ながらも、

西洋の文学書も哲学書も読み、他の宗派の教本も毛嫌いすることなく

勉強されるという松原さんの向学心である。

年をとればとるほど、人間というものは頑固でわがままになるものであるが、

意見を異にする他宗派の僧侶とも気軽に付き合い、

謙虚で柔軟な態度を維持し、記憶もしっかりしているというのは、

本当に奇跡的な姿だと思う。

「生涯修行 臨終定年」という自筆の色紙も胸に迫ります。

是非、日野原重明さんとの「100歳対談」を、色々な意味で早めに実現していただきたい。

●カール・マルクスに、「宗教は民衆のアヘンである」という言葉が

あったかと思いますが、

宗教というものは、救いになることもあれば、

毒薬のように身を滅ぼしてしまうような諸刃の剣的要素があるものですので、

充分気をつけたいものです。

宗教、信仰というものに対する、自分なりのスタンスを固めたいという方、

仏教に対する、様々な迷妄を払いたい方などにお薦めの本です。


【マストポイント】

@松原「私は現代人に釈尊の教えをわかり易く解説すると、

「厳粛」「敬虔」「邂逅」の三項目に帰着すると思うのです。

厳粛というのは、いわゆる無常観で、いまはいましかない。

いまは帰ってこない。いまを大切に生きるということです。

第二の敬虔は、「おかげさま」なんですね。自分一人の力で生きているんじゃない。ということ。

第三の邂逅とは、出会い、めぐりあわせ、めぐりあわせによって人生は変わっていくということです。

この3つは、現代語で表すと、

「ありがとう」、「すみません」、「はい」の挨拶語に置き換えられると思います。

厳粛というのは、ここに在るということが容易な事実ではない稀有だということ。

だから、「有り難し」、から「ありがとう」。

「すみません」は、過ちをしたから謝るのではなく、済んでいない、未済ということ、

何が未済かというと、「おかげ」に対するご恩返しが済んでいない、

そういう意味での「す(済)みません」。

そして、天地が与えてくれためぐりあいは肯定するしかないので、「はい」です。

私は、釈尊の教えを現代人が日常生活で体得するには、

この「ありがとう」、「すみません」、「はい」という

挨拶言葉どおりに実行することだと思うんです。

そうすることで、人生はよい方向に回転していくことを、

釈尊は教えているんだと思います」

A「人を帰依させていく宗教家の大きな質とは、

正しい論理や巧妙な話術だけではありません。

やはり、その人の人間味というものが人を動かしていくんです。

(ブッダが死ぬ原因になった料理を提供した)チュンダに対するブッダの気遣いというのは、

彼の人間味、大きさ、やさしさ、

「この人に生涯ついて行きたい」と思わせるような魅力を感じさせます」

松原「本当にそう思いますね。

釈尊は、いいことをしたからいい死に方をするとか

悪いことをしたから悪い死に方をするとか、そういうものじゃない、と教えているんですね。

この世は不条理なものだ、と。でも、不条理でいいんですね。

どんな死に方をしたって、それはたたりとかバチじゃない。

縁によってそうなるんだ、ということです。

私ね、この縁によって死ぬというところはやはり、肝要だと思います」

B五木「仏教は、闇を照らしてくれる光の役目があるのかもしれません。

世の中の闇や心の闇を、淡い光でもいいから、

ほんの一瞬でもいいから、照らしてくれる。

その光が射してくれば安心できる。

仏教というものはそういう光なのだと思います。

日本人は宗教に御利益を求めがちですね。

もちろん、病気平癒、商売繁盛はそれでもかまわない。

そういうことから入って、どこかでまた心の平安につながってくれればいいのですが、

でも宗教の本来の役割はそういうことじゃないでしょう。

いまは将来の不安どころか、明日生きていくことすら難しいと感じる人がたくさんいます。

そういう闇に閉ざされているような時代に我々は生きている。

みんな、この闇の中で道を照らしてくれる光が欲しいはずですから。

その道が照らしてくれる光がブッダの話し伝えたことの中にあるように

僕は思うんです。

そこに光が感じられる気がするんですね」

(以上本文より。一部改変)


【著者略歴】


五木 寛之
昭和7年福岡県生まれ。生後間もなく朝鮮に渡り、22年に引き揚げ。早稲田大学文学部ロシア文学科中退。PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、41年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞、『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。56年より休筆、京都の龍谷大学にて仏教史を学ぶ。平成16年仏教伝道文化賞受賞。第50回菊池寛賞受賞。

松原 泰道
明治40年東京生まれ。昭和6年早稲田大学文学部卒。岐阜・瑞龍寺専門道場で修行。26年臨済宗妙心寺派教学部長。52年まで龍源寺住職。全国青少年教化協議会理事、「南無の会」会長等を歴任し、各種文化センター講師を務めるなど、講演、著作に幅広く活躍。平成元年仏教伝道文化賞受賞。





この記事へのコメント
はじめまして。

五木さんの書評ブログを運営しています。

『いまをどう生きるか 現代に生かすブッダの知恵』についての解説がとても分かりやすいですね。これほど的確に五木さんの対談を要約できる方を初めてみました。そもそも、対談をまとめるのは難しいですので、素晴らしいと思いました。

他にも五木さんの作品を解説されていますね。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
Posted by ほめ屋 at 2009年02月24日 23:43
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