2011年03月19日

必読本 第967冊目 東池袋・大勝軒のオヤジさんが書いたこれが俺の味

必読本 第967冊目

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東池袋・大勝軒のオヤジさんが書いたこれが俺の味

山岸一雄(著)

あさ出版

単行本:191ページ

2003年8月2日 初版  

 

●東池袋の大勝軒といえば、ラーメンファンでなくても一度は聞いたことがある超有名店。

人間にとって仕事とは何なのか、どうすればお客に支持されるのか…。

創業以来40年間行列が途絶えたことがないラーメン屋の店主が語る。

●「つけめん」の考案者としても、ラーメン業界の重鎮としても、

多くのラーメンファンや同業者から尊敬の念を集め続けている

大勝軒オーナー山岸一雄さんの自伝的著書。

今現在、アマゾンで調べてみると、初めてにして唯一の著書である。

後述するが、素晴らしい内容にも関わらず、

惜しくも既に絶版となってしまっている。

私自身、当然、氏の名前は承知していたが、

どのような人生を歩まれてきたのか全く知識がなかったので、

図書館から借りて読んでみました。

●幼くして戦争で父を亡くし、

学生時分から、自分が家族全員の面倒を見なくてはならないという、

強い責任感をもって人生を生きる。

17歳の時に、昔から親しくしていた兄貴の誘いでラーメン業界入り。

生来の真面目な性格と研究熱心さ、運も味方し、

開業したラーメン屋は大繁盛となるが、

好事魔多しというか、

歩行もままならないような静脈瘤が足に出来るという大病をし、

追い打ちをかけるように、

二人三脚で店を切り盛りしてきた愛する妻をガンで失うという悲劇が襲い、

大勝軒閉店という瀬戸際まで追いつめられる。

●しかし、店をやめないでほしい、

大勝軒の味を消してほしくない、という周辺住民の強い要望に

後押しされ、障害のある体に鞭打って、大勝軒を復活させる。

数々の苦難にも関わらず、伝説的なラーメン店を成功させ、

多くの弟子を世に送り届けてきたことを記したその半生は、

迫力に満ち、文句なく感動させられる

(最後の方、大学生時代に常連で、友だち同然の付き合いをしていたが、

就職後に交流が途絶え、後年、マスコミに登場する山岸氏の姿を偶然見て、

秘書に電話をさせ、わざわざ懐かしの味を求めに訪ねてくるというキャノンの御手洗富士夫社長の

エピソードにも心が熱くなる)。

●本書を読んで最も感銘を受けたのが、

奇をてらうことなく、当たり前のことを当たり前にやり続ける山岸氏の一貫した姿勢と、他人に対する優しさ、思いやりの深さである。

人気のラーメン屋というと、美味しいラーメンさえ出していれば、

人懐こいあいさつや温かな接客など必要ない、黙っていても客は来る、

などという思い上がりをもっているオーナーも少なくないはずだが、

山岸氏は、そういう傲慢な人間とは対極に位置する人間である。

●ラーメンを極めるためには、あらゆる努力や研究を惜しまない、

その一方、己が築き上げてきたラーメンのノウハウ、レシピなどを

惜しげもなく弟子やマスコミなどに発表するという度量の広さも持ち合わせる。

ちょっとしたことで音を上げ、落伍して行く弟子も見殺しにすることなく、

何度でも手をさしのべる。

来てくれるお客さんに常に感謝の気持ちを忘れず、

笑顔、温かいあいさつでねぎらう。

深夜にさえかかってくるお客さんからの問い合わせの電話、

経営難の同業者からの度重なる質問の電話にも自ら真摯に対応、

損得抜きに丁寧に接する。

やはり、ラーメン業界を代表する伝説的な人物だけのことはあるなと思わせる。

●ラーメン作りの奥義を語ったところにも注目すべき点が数多くある。

ラーメンは非常にデリケートな食べ物。

感情の変化、体調、その日の気候、食材に対する感謝などが、

作ったラーメンに必ず出てくる。

100回自家製の麺を打って、同じレシピでラーメンをこしらえても、

味が必ず微妙に違う。

心のこもっていないものは何でもダメ…etc。

ラーメン業界に限らず、料理人、飲食業界の方々は、

耳が痛くなるような話、目からうろこが落ちるような話が非常に多い。

●冒頭で記したように、小出版社の本だったせいか、

既に絶版となってしまっている。

熱心に探したらブックオフではまれに出てくるかもしれないが、

入手困難なはずである。

どこかの心ある出版社から、文庫版でもいいいので、

是非復活していただきたい。

読めば必ず元気が出てくる本。

池袋はラーメン激戦地として有名だが、

本書を一読すれば、やはり、なんだかんだ言っても、

最後には大勝軒のラーメンに行き着く、

味が美味い不味いなどというレベルを超越して、

オヤジさんに会いに行きたいと必ず思わされるはずである。

 

 【マストポイント】

@「延べ約52年間、一貫していたことは、

常に、『美味しいものをつくって、お客さんに満足してもらおう』、

『どんな仕事であろうとも、全力をかけてやり遂げなければならない』 

という気持ちをもってつくり続けてきたことだ。

52年間と聞くと、人間の一生の半分以上である。

気の遠くなるような話だが、一日一日を一生懸命生きてきたら、

そうなっていたというのが私の実感だ。

この間、病気などでお店を休んだりしてお客さんにたくさん迷惑をかけたが、

私は一度として手を抜いたことはない。

これだけは自信をもって言える。

だから、これだけ長い間ラーメン屋をやってこられたのだと思っている」

A「私はどんなことでも真面目にやってしまう人間だった。

といってその後、不真面目な人間から文句を言われることもなかった。

それは、私が一生懸命生きていることが伝わるから、

それが出来なかったのだと思う。

大人になっても同じようなことがある。

お客さんの中には、派手な背広を着て、いかにもその筋の人間だという人もいる。

店内でいざこざが起きることもある。

そんなとき、『他のお客さんに迷惑がかかる出て行ってくれ』と言えば、

ほとんどの人は黙って出ていってくれる。

それは、『自分の店とお客さんを守らなければならない』という決心が

ただならぬ殺気となってあらわれ、相手もそれを察知するからだと思う。

そして、それが出せるのは常に一生懸命に真面目に生きているからではないだろうか。

少なくとも、私はそう思っている。

ふざけて生きている人間は、どんなときにでもそれが出てしまい、

そこに相手はつけこんでくる」

B「私は常々弟子たちにこう言い聞かせている。

『美味しいものをつくろうと努力しているかどうかは、必ず味に出る。

人より早く起きて、夜遅く寝るのは当たり前。

努力を惜しまない者だけが、生き残ることができる』

私自身もそうしてきたつもりだ。

私が(ラーメン業界に導いてくれた)兄貴の背中を見てそれを学んだように、

弟子たちにも私から学んでほしいと思っている」

C「ここまでやってこられたのは、

何よりもお客さんに恵まれたことがいちばんの理由だと思う。

うちに来るお客さんからこんな話を聞くことがある。

「『いらっしゃいませ』もなければ、黙ってつくって出して、

帰るときも『ありがとうございます』もない店がある。

それと比べるとお宅はエライね。いつも笑顔で声をかけてくれて」

当たり前のことをしているだけなのだが、

こんなお褒めの言葉をいただく。

ぜひ、心当たりのある店は、今すぐ実行していただきたい。

何度も言っているように、ラーメン屋はお客さまがあって初めて成り立つ商売である。

それを忘れてはいけない」

(以上本文より。一部改変。今回は特別に4個)


【著者紹介】

 山岸 一雄
1934年、長野県生まれ。17歳でラーメンの世界に身を投じる。1955年に「特製もりそば」を考案し、大ヒットを飛ばした。「特製もりそば」は、つけ麺のルーツといわれている。その後、1961年に東池袋「大勝軒」をオープンし、それ以来行列ができるラーメン屋として有名になり、現在も連日たくさんのお客さんが押し寄せ、行列ができない日はない。



ラベル:大勝軒 山岸一雄
posted by miura at 10:27| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自伝・一日一話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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