2007年04月09日

日々の気づき 249 【それでも「仕返し」などしてはならない (前編)】

日々の気づき 249

【それでも「仕返し」などしてはならない (前編)】



●毎日生きていると、

とんでもない輩と出会うことがあります。

●一日中部屋から騒音を鳴らしまくって、

悪びれない若者。

自宅敷地内外が「ゴミ御殿」化し、

公共道路まではみ出しているのに、何食わぬ顔のおやじ。

公園はペット進入禁止なのに、

注意したらすごい剣幕で食って掛かってくるご婦人。

●客観的に見て取るに足りないようなことで、

頭から湯気が立ち上るぐらいに

クレームを言ってきて、

非通知や公衆電話でイタ電し続けてきたり、

怪文書、怪メールを送りつけてきたりする客。

路駐を注意すると、すごい剣幕でにらみ返して来て、

深夜とかに、他人の車にキズをつけたりする人間。

●まぁひどいことをされたら、

誰でも頭にくる。

許せない、この野郎ケンカ売ってんのかという

一触即発の空気になってしまう。

しかし、にもかかわらず、

復讐、仕返し、ケンカなどの類は絶対にしてはならない。





●世の中というものは、

正論通り、理屈通り、キレイ事通りに行かない

不条理な部分が必ずあって、

この手の、頭がおかしい人間、非常識な人間、

何を言っても言うことを聞かない人間、

全く噛み合わない人間、

罪悪感のまるでない犯罪者などという人間は、

そのような世の中の不条理性の一部に含まれる。

簡単に言えば、どんな世界でも、どんな力がある人でも、

このような不満分子、悪玉分子を根絶、絶滅させるのは

不可能だということだ。

●どんな会社に行っても、どんな学校に行っても、

どんな国に住んでも、どんなに成功しても、

必ずソリが合わない人間がいる。

ちょっとした事でケンカを売ってくる人間が出てくる。

どんなに厳罰化しても、

平気で犯罪やマナー違反をする人間がいる。

絶対にゼロにはならない。

そんな連中に対して激怒しても、

世の中の風紀の乱れを呪っても、必ず一定数いるのだから、

こっちの方で怒っても無駄なだけだ。

鼻から存在することを前提に

この世の中を生きなくてはならないということだ。

●あの鍵山秀三郎さんの名言にもあるように、

「攀念智」(はんねんち。人を恨んだり憎んだりする念のこと。)

は、その念を持った本人が不幸になってしまう。

恨まれたり、憎まれている方はケロッとしているのに、

恨んでいるこっちは夜も眠れないぐらい怒りまくって、

体の調子さえ悪くなってしまう。

実にバカバカしい話だ。

●また、古来のことわざにあるように、

「人を呪わば穴二つ」であって、

復讐しても、呪っても、絶対にその跳ね返りがある。

仮に復讐を達成して一時は気が晴れても、

それ以上の逆襲をされる可能性が強い。

一時も気が休まることはないのだ。

ヤクザの抗争、アメリカの戦争の結末を見てみれば

わかる通り、悪に悪で対抗しても、力に力で報復しても、

円満な終結などありえない。

不毛な争いがエンドレスに続くだけだ。

双方失ってばかりで、

得るものは何もないということだ。

●次回後編に、

その手の輩への対処法を簡単に記してみたいと思う。


posted by miura at 22:51| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の気づき・旅日記・その他告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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