2007年05月22日

日々の気づき 261 【自分の力が及ばないことを心配してもムダなだけ】

日々の気づき 261

【自分の力が及ばないことを心配してもムダなだけ】



●あらゆることを常に心配している人がいる。

人間、まだ起こってもない未来を心配し始めたら

キリがない。ドンドン悲観的に考えてしまう。

予言者ではないんだから、

未来にどうなるかなど予想できるわけがない。

●特に、自力で何とかなることならばともかく、

自分のコントロールを越えたことを心配し始めても全く無駄である。

離れた場所に住んでいる家族の動向、

隣国からの戦争の危険性、いつ自分は死ぬのか、

未婚者ならば、自分は将来結婚できるのか。

他人からどう思われているのか、人から悪口を言われていないか。

すべて人知を超えている。

心配しても全くナンセンスだ。

そんなことをするのは愚かでさえあると言える。

●出掛けに、やたら「車に気をつけてね!

絶対に交通事故に遭わないように気をつけるんだよ」と

我が子に、毎度のこと繰り返す母親がいるけれども、

非情な言い方かもしれないが、交通事故に遭う子供は、

母親の心配とは全く無関係に事故に遭う。

遭わない子は、母親の心配とは全く無関係に事故に遭わない。

心配するのは親心として当たり前だが、

(子供とピッタリと同伴して登下校しているわけでない限り)、

自分の力ではなんともできないことを心配しても

全く意味がない。




●事故に遭う子は、

自宅の駐車場で親の車に轢かれてしまうことだってある。

遭わない子は、自転車で一人日本一周しても無事に帰宅する。

一歩自宅を出たら、後はなるようにしかならないことを

ある種の諦観とでも言える気持ちを持って、

親の側は覚悟を決めなくてはならない

(又、ちょっとテーマとはそれるが、

いつもそれに遭わない様に心配してばかりいる人が、

皮肉にもそれに遭ってしまうという話を何かで読んだことがある。

ガン、交通事故、火事、強盗とかを

いつも心配して口ぐせになっている人、

その手の保険のテレビCMをいつも見て心を悩ませている人は、

まさに自分が知らず知らずのうちに、

それに遭う危険性や確率を高めてしまっている。

興味深い話であろう)。

●同様に、転覆する時は豪華客船タイタニックでも転覆するし、

吹けば飛ぶような手こぎボートでも

転覆しない時は絶対に転覆しないで、北朝鮮から日本まで渡って来る。

運動会やデートの日に晴れるかどうかは

お天道様しかわからない。

飛行機に乗ってしまったら、後はパイロットの技量と天候と

運命を信じて、無事に着陸するのを祈るしかない。

独力でなんともならないことを、

ああだこうだ言っても始まらない。

●自力で取れる対策を万全に取ったら、

後は神様に任せるしかない。

人生なるようにしかならないんだから、

自分の手ではなんともならないことに

関する心配症は、するだけ無意味である

(逆に言えば、

「人事を尽くして天命を待つ」境地になれず、

常に心配ばかりしているのは、

万策を尽くしていないせいだからだという見方もできる)。


ラベル:心配性
posted by miura at 19:32| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の気づき・旅日記・その他告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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