2007年07月09日

日々の気づき 283 【師匠選びがあなたの命運を決める】

日々の気づき 283

【師匠選びがあなたの命運を決める】



●師匠、先生、

流行の言葉で言えば

メンターとかコーチとかだろうが、

自分の指導者、それも単なる指導者ではなくて、

人生全般に渡って、困った時に適宜アドバイスを与えてくれる

真の指導者は、本当に目を皿のようにして厳選しないとダメですね。

この前ご紹介した栢野さんの本(必読本第409冊目参照)では、

泣かず飛ばずのどん底の時期に、

師匠の竹田陽一先生が、そんな栢野さんを見捨てずに、

常に励まし続けたという話が出てきて、

本物の師匠はかくあるべきだと思いました。

●笑われるような話だが、

以前、姓名判断に凝っていたウブな時期があって、

その道の著書も多いある有名な姓名判断の占い師のもと

(東京品川だったか)を訪れたことがあった。

名字のあたまに、花の名前がつく人だとだけ言っておこう。

その道に詳しい人ならば誰でも知っている人である。

●その当時はわらにもすがる思いで悩んでいたので、

その人のもとへわざわざ地方から相談に訪れたわけだが、

まずビックリしたのは、

本に出ていた顔写真と実物が似ても似つかないぐらいに

別人なのである。

本ではスッキリスリムのロマンスグレーの紳士みたいに

写っていたのだが、実物は、ブクブクに太っていて、

腕には、今時ヤクザでもしないような金無垢で、ダイヤ入りの

ロレックスをして、

指にも金銀財宝かというぐらいに、

イヤミな指輪をたくさんしていた。

占い師でなければ、

絶対に近づきになりたくないようなバブリーな風情の人間なのである。

一発で嫌な予感がした。

●そして、姓名判断の時間になったのだが、

とにかく気難しく、何か批判めいたことをちょっとでもこちらが言うと、

子供のようにすぐに機嫌を損ね、「別にやめてもいいですよ、

次の相談者が待ってるし…」みたいなことを平気で言うのである。

そして、誰も訊いていないのに、名士との交遊の広さを自慢したり、

挙句の果てには、姓名判断とは全く無関係のはずの

何十万円もする印鑑の購入を勧められるし、

体調が悪いのは簡単に治ると、医者でもないのに

漢方薬をその場で調合して飲ませようとさえし始めたのである。

手持ちが乏しかったこともあり、すべて丁重にお断りしたが、

それなりに懐に余裕があったら、

即金でお願いしていたかもしれない。

●その占い師は、いまだにそんなことをしているのかわからない。

密室で、相談者もそれなりに秘密にしたいことも多いだろうから、

表沙汰にはなっていないかもしれないが、

こんな法律的にも倫理的にも問題があることが

ずっと続くわけはないだろう。

師匠と弟子の関係とはちょっと違う話かもしれないが、

この手の、弟子、相談者のことなど一顧だにせず、

自分の金儲けや都合のことだけを考えている、

エセ師匠、ニセモノ指導者が世の中本当に多いのだ。




●世間には、色んなコンサルタント、色んな宗教家、

色んな占い師、色んな教師、色んなスポーツ指導者、

色んな自己啓発家がいる。

しかし、本当に頼りになる、真の意味で信用できる、

どんな時でも親身になって弟子を導いてくれる師匠は、

ごくごくわずかだと思う。

「80対20の法則」じゃないが、2割いるかいないか・・・。

いや、2割どころか2%ぐらいだろうか・・・

(ここまで書いてふと思い出したが、

私が中3の時の野球部の監督は、「1回表」に1アウト3塁で、

その時4番バッターの私に、スクイズのサインという

ありえない作戦を出したことがあった。

私が絶不調ではなく最高に調子がよかった時の話である。

当然、そんな愚策を弄する監督が

心ある選手たちに敬意を持たれるはずがない。

その試合はそんなサインばかり

送るマヌケな監督のせいか見事に負けてしまった。

「ベンチがアホやから…」とはまさにこのことだ。

優れた成績を上げたい選手は、名指導者に指導を

乞うべきであるという、良い教訓である)。

●まさか、「悪い」師匠や「レベルが低い」師匠が、

自分はペテン師ですよ、自分は本当は大した実力は

ないんですよ、とわざわざ自分から告白したりはしないだろう。

詐欺師が自分は詐欺師だと絶対に名乗らないで

巧妙に人を騙すように。

名が知れた有名人でも、恐ろしいようなことを裏で

している例はゴマンとあるはずだ。

この師匠のやり方は、人の道にもとる、金が高額すぎる

(もし、今、あの中村天風が講習会を開いていたとして、

目の玉が飛び出るぐらいの参加費を取るとはとても思えない。

金がない人は無料での参加を快諾するはずだ)、

強引過ぎる、これは俺の主義とは違うと

ちょっとでも感じたら、そんな師匠、指導者のもとは

すぐに離れることでしょう。

それで、人生がオジャンになったとしても、

そんな「ニセモノ」師匠が

責任など絶対に取ってくれないはずですから。


ラベル:メンター 指導者
posted by miura at 12:59| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の気づき・旅日記・その他告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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