【「その道のトップならどうするだろうか?」という問い】
●何の仕事でもよいのですが、
「もし、自分がこの分野のナンバーワン、または、
プロ中のプロならば、どんなことをするだろうか?」という
問いを自分に発してみることは、極めて有効なことだと思います。
●例えば、ラーメン屋さんならば、
もし俺が日本でナンバーワンのラーメン屋ならば、
どんなことを考えて働くだろうか、
どんな基準を自分に課すだろうか、
どんな称賛をまわりから得たいだろうか、
次から次へと泉のごとくアイディアが沸いてくること必定である。
(ちなみに、私だったら、銀座あたりの最高級中華料理店の
メインシェフから、そのラーメンのレシピを是非教えて欲しい、
または、自分の店でそのラーメンを出したいので、
うちで働かないか、という依頼が来るぐらいのラーメンを
作ろうと意気込むだろう、そのためには、
食材はやはり入手できる最高のものを取り寄せる、
人気店、ライバル店の動向に常に目を光らせるなど、
自然と行動が変わってくるだろう)。
●野球選手ならば、もし俺がイチローならば
どんなことを考えて練習するだろうかと質問してみる
(最高の報酬を得て、メジャー屈指の成績を誇る
ナンバーワンのバッターであらんと欲するならば、
「苦行」ともいえる過酷な練習、節制を
己に課さなくてはならない)。
億万長者になりたい人ならば、もし俺が斎藤一人ならば、
(ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェット、孫正義ならばetc)
何を考えて仕事をするだろうか、どんな喋り方になるだろうか、
どんな勉強を自分に課すだろうか、
どんな心構えで生きるだろうか、
どんな生活スタイルになるだろうか、
どんなことをやめるだろうか、どんな人間とつきあうだろうか、
と問うてみる。
日本一の物書きになりたいならば、
村上春樹ならば、村上龍ならば、五木寛之ならば、
どんな文章修行を己に課すだろうか、
どれほど沢山本を読んでいるだろうか、
どんな問題意識で生きなくてはならないだろうか自問してみる。
お笑い芸人として成功したいならば、
たけしならどうするだろう、さんまならどうするだろう、
タモリなら、太田光なら、松本人志なら、とんねるずなら、
何を喋るだろう、何をして笑わせるだろうか考えてみる。
自分ならばどうするだろうか考えるのではなく、
自我を捨てて、まさにそのプロ中のプロの身になって
どうするだろうか想定してみるのがポイントである。
●この質問をしてみる効用は計り知れないものがある。
特に顕著なことは、
自分の仕事に安易な妥協をしなくなる、
自分に恥じるような態度、行動を自然としなくなる
ということが挙げられる。
つまり、冒頭のラーメン屋の例で言えば、
そこらへんの安物のカップラーメンみたいな味の
ラーメンなど、自分の店で出したりするようなことは、
「日本一のラーメン屋」のプライドが許さない。
「日本一」の沽券にかかわる。
「日本一のラーメン」ならば、まさに涙がこぼれんばかりの
美味しさ、感動、そして、
絶対に又食べに来たいという欲望を抱かせるための最大限の
努力を払うだろう。
又、安売り競争に参画したりなど、「悲しい争い」に
巻き込まれるようなこともなくなる。
なんと言っても、「日本一のラーメン」なんだから、
それなりの価格にしなくては「日本一」の名がすたる。
思いきって、一杯5,000円のラーメンにしてもいい。
高ければ高いほど買いに来るお客さんは必ず存在する。
安売りには破滅への道しかないが、
値上げすれば一気に繁栄の道が広がる。
●又、「日本一のラーメン屋」にあるまじき、
不遜な態度、無礼な行動、情けない姿なども
自然とさらさなくなるだろう。
人格的にも優れた人間に変わらざるを得なくなるということだ。
日本一のラーメン屋がすぐに泣き言を言うだろうか、
ちょっとしたことで落ち込むだろうか、
「日本一のラーメン屋」はどんな笑顔でいるべきだろうか。
「日本一のラーメン屋」のトイレはどんな感じになるだろうか。
●「私が、もし、
その道の最高のプロフェッショナルならば・・・」
「俺はプロ中のプロなのだ」という
意識で日々生きていると、ヘタなことはできなくなる、
常に自分に対する要求水準が上がって来る。
知らず知らず、自分のレベルが高くなっていることに気づく。
学生でも主婦でも普通のサラリーマンでもOLでも、
常に「俺はこの分野で最高のプロなのだ」、
「ダラダラやっているアマチュアじゃないんだ、
これで最高給を得ているプロなのだ」という言い聞かせるのは
非常に役に立ちますよ。
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