2008年01月26日

必読本 第589冊目 広告の巨人オグルヴィ語録

必読本 第589冊目

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広告の巨人オグルヴィ語録

デイヴィッド・オグルヴィ(著), 山内 あゆ子(翻訳)

¥1,785(税込み)

海と月社

単行本(ソフトカバー): 240ページ

2007年3月6日 初版



●ベストセラー『ある広告人の告白[新版]』著者、

デイヴィッド・オグルヴィの教えが凝縮された、

珠玉の名言・名文集!!

現代広告の父でありかつ、

偉大なる経営者であったオグルヴィの

講演録・レポート・社内メモ・手紙などから見えてくる、

「売る広告」「販売」「人材活用」

「リーダーシップ」「経営・マネージメント」の極意。

広告業界だけではなく、

あらゆる業界のビジネスパーソンにとって、

確かな羅針盤となる1冊!

●先日ご紹介したオグルヴィの自伝(必読本第565冊目参照)は、

なかなかお目にかかることができない快著で、

いまだにその時の読後感は鮮やかに残っている。

本書は、その続編とも言える内容で、

オグルヴィが在職中、メモ、手紙、講演など

いろいろな場面で残した珠玉の言葉の数々を

1冊にまとめた名言集です。

●本書を読んで痛感させられるのは、

これほどまでに類い稀な社長のもとで

誰もが働いてみたいと思うことだ。

有能で協力的な同僚ばかりの職場で、

自分の持てる才能を大いに発揮でき、

ユーモアが重視されながらも紳士として振舞うことも

徹底され、成果をあげた者にはしかるべき厚遇が

保証される。

電通、博報堂など、日本の広告代理店も

学生にとっては人気企業として有名だが、

アメリカでも、この会社は学生の人気就職先として

かなり上位にいるのではあるまいか。そんな気がしました。

色々な意味で、「経営者の鏡」のような人物です。

●末尾に、75歳の時に

移住したフランスで受けたインタビューが収録されているのだが、

特に、本書の中で心に残る箇所である。

著者の人となりが一発でわかるインタビューなのである。

喉から手が出るほど仕事が

欲しくてたまらなかった時でさえ、

嫌いな客、自社社員の士気をくじく客、

どうしようもない商品を扱う客

(ロールス・ロイスが低迷していた時、

車としての機能が最悪だったので、「欠陥車」と

書いた手紙を送って契約を打ち切った)の時は

依頼を断っていた、

大型合併は誇大妄想狂のやること、

ほしくても手に入らなかったものとは?、

自分が成功した原因など、

実に参考になる発言が多く、

必読の箇所です。

●昨年出たばかりのホヤホヤの

新刊なのに、アマゾン古本では

現在ガタガタの低評価なのは

全く納得がいかない。

『ある広告人〜』は有名で非常に珍重されているが、

それに比肩するべき本で、こちらが軽んじられているのは

不当な扱いと言わざるを得ない。

仕事人として相当の結果を上げたいともくろむ方ならば、

2冊併せて必ず読むべき。

カバーデザインも非常にオシャレで、

持っているだけで心躍る本でもある

(オグルヴィが存命だったら、広告人として

このデザインを相当褒めてくれただろう。

ちなみに、氏の会社の外装デザインも赤と白を

基調にしたものであるらしい)。


【マストポイント】

@「軽薄な基盤の上に

永続的な成功が築かれることはめったにない。

人はピエロからものを買ったりはしないものだ」

A【オグルヴィが語った自分が成功した理由】

1、世界一客観的な人間であること。

自分に対する客観性も含めて。

(お客ならば、女性ならば、子供ならば、老人ならば・・・

常にそのものになりきって考えるようにしていた)。

2、ともかくよく働く。持てるすべてを注ぎ込む。

3、セールスの腕に長けている。

4、自分の利益になるチャンスを見逃さない。

機会を捉えて常に自社を売り込む。

5、クリエイトとリサーチを同時並行で行ったこと。

ユニークな創造をしつつも検証を忘れない。


B「人生で下す大事な決断のほとんどは、

まあ少なくとも僕に関しては、

どうしてそういう決断に達したのか、

まったくわからないね」

(オグルヴィは、一人沈思黙考して湧き上がってきた

直感を非常に重視した)。


【著者略歴】

デイヴィッド・オグルヴィ

1911年、スコットランド人株式仲買人の5人兄弟の末っ子として、イギリスのウェスト・ホースリーに生まれる。エジンバラのフェテス・カレッジ、オックスフォードのクライスト・チャーチに学ぶが、学位取得を前に放校。これは人生において痛恨の失敗だったとオグルヴィは回想している。パリのホテル・マジェスティックの厨房でコック見習いをした後、スコットランドのアガクッカーズで家庭用コンロの訪問販売員を経て、1938年アメリカに移住、ジョージ・ギャラップ博士の視聴者調査研究所で副所長を務める。第二次世界大戦中は、英国安全保障調整局でサー・ウィリアム・スティーブンソンのスタッフとして働く。戦後、37歳でニューヨークを本社とする広告会社を設立、後に合併し、現在オグルヴィ&メイザーとして知られる国際的大手広告会社となる。1999年、88歳にて没。著書に『ある広告人の告白[新版]』(小社刊)などがある。

posted by miura at 12:10| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | セールス・マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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