必読本 第632冊目
十五億人を味方にする
中国一の百貨店 天津伊勢丹の秘密
稲葉 利彦(著)
¥ 1,575 (税込)
光文社
単行本: 221ページ
2007年9月30日 初版
●新宿伊勢丹の部長から天津伊勢丹社長になった男が、
反日デモやSARSなどの問題を解決し、
中国一の百貨店に育て上げた、その成功譚を綴る。
経験が実証するグローバルビジネスの指南書。
●約10年前、縁あって中国天津と北京に
3年ほど留学していたことがある。
はじめに天津の大学で学んだのだが、
現地の食が口に合わなかった私は
(一度でも中国に行かれた方ならばおわかりだと思うが、
日本でごく普通に食べられている中華料理と
現地の日常的な食事を同じものだとイメージしてはいけない。
とても油っこくて辛く、大味で、サッパリしたものを
好む日本人の口には合わない場合が多い)、
ことあるごとに市内最大のデパートである
天津伊勢丹の西洋風レストランや地下日本食売り場に
足を運んだものである。
本書はその天津伊勢丹を中国最高のデパートにまで
育て上げたという日本人社長の奮闘記である。
●中国人を悪く表現する時に、
よく、「中華思想」だとか、
本書で言うところの「TIC(THIS IS CHINA)問題」という
言葉が挙げられる。具体的に言えば、
列は並ばない、平気で外にゴミは捨てる、
トイレには戸がないばかりか使用後流さないで出る者も多く、
公衆便所の状態は言語を絶する惨状、
買い物に行っても店員はあくびはする、
店員同士のお喋りに熱中でろくに接客をしない、
挙句の果てに買い物したお釣りのお金を投げてよこす、
悪いことをしても言い訳ばかりで絶対に非を認めない、
マナー、公共意識を重視する我が日本人から見れば、
とても耐えがたく理解不能な面の多い国民である。
そういう事前情報に通じずにいきなり中国に渡った
日本人ならば、まず大体神経を病む。
私も、渡航当初には相当のストレスを抱え、
浪費癖、飲酒量の多さなどとなって現れたものである。
●著者は、2001年から2007年まで
日本の伊勢丹本社から天津店社長に任命される。
ただでさえ難題の多い中国というお国柄に追い討ちをかけるがごとく、
SARS、反日デモという重大な事件とも遭遇する。
誰もが頭を抱えてしまうような深刻かつ孤独な状況だったはずだが、
実にユーモアたっぷりな明るい性格で、
その難局を次から次へと切り抜けていく。
このあたりの楽天的な性格は、海外赴任者ならば
是非とも見習いたいところ
(「そのうちなんとかなるだろう」という掛け軸を
壁にかけて、己を鼓舞したというエピソードも参考になる)。
●中国の道路事情、住宅事情、飲食店などの食環境など、
中国での生活ぶり、日常風景を
臨場感いっぱいに紹介するエッセイである(第1、4章)とともに、
海外現地法人で誰もが頭を悩ます、
現地社員とのコミュニケーションの仕方、
外国人相手の商売のやり方(第2章)や
海外出店における成功のポイント(第3章)など
ビジネス知識的な要素もしっかりと押さえられている。
中国相手のビジネスマンにとって有用な本であるとともに、
近くて遠い国といわれる隣国中国人の本質を
知るのにも最適な本である。
●最終第5章「極意!中国人との間合い」は、
かの地に赴任予定のビジネスマン、
留学予定のある学生さんは是非とも
精読していただきたい箇所である。
普通の旅行ガイドブックなどでは
サラッとしか扱われていない、
厄介な中国人との付き合い方が
極めてコンパクトにまとめられていて、
非常に役立つ。
『地球の歩き方』などとともに、
是非現地に持参して、この箇所だけでもコピーして、
周囲の日本人たちにも読ませていただきたいものである。
【マストポイント】
@世間知らず、お人よしでは、
21世紀の大国、中国とは互角に渡り合っていくことはできない。
中国では(日本以外のほとんどの外国といったらよいか)、
だます人とだまされる人がいたら、
だまされた方が悪い、犯罪に遭う方が悪いという風潮がある。
よって、街のオキテ、処世術を学ぶ如才のなさと、
ちょっとやそっとではぐらつくことのないタフな心が
外国人相手には不可欠である。
A親切さ、笑顔、「ありがとう」言葉の3つは、
万国共通で効果覿面である。
このようなよい習慣を徹底させた
天津伊勢丹の店員の接客能力の高さは
無神経で自己中心的な人が多い中国人の間でも評判を呼び、
中国ナンバー1デパートの地位を築く礎となった。
B三国志以来の権謀術数の歴史がある
中国では、いまだに賄賂、裏金、接待、口利きの
類が横行している。
日本人であることを理由に、さまざまな便宜を図ってほしいと
すり寄ってくる中国人は、後をたたない
(留学の斡旋や保証人依頼、日本製品買い物代行、
あるいはそれらのタカリなど)。
それを避けて通っていては、まともな話し合いが進まないほどである。
その際は、法令違反、倫理違反にならない範囲で、
こちらもマリーシャ(巧妙な知恵)を駆使して相手に対応すること。
特に中国人はメンツを何よりも重視する国民なので、
大勢いるようなところで顔がつぶれるような事態だけは
絶対に避けること。
【著者略歴】
稲葉 利彦(イナバ トシヒコ)
1954年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、株式会社伊勢丹入社。婦人服担当を経て、30代半ばからマーケティングを担当。35歳の時、異業種勉強会「フォーラム21」に第四期生として参加。40代で化粧品を担当。新商品のプロモーションや新ブランド導入に際して、次々にヒットを飛ばし、伊勢丹の化粧品売場の評価を世界の化粧品関係者の間に確立する。その後、化粧品業界のタブーに挑み、各社の商品を一つのコーナーで説明するボーテ・コンシェルジュを設置。コンシェルジュのテーマで多くのフォロワーを生む。2001年、天津伊勢丹に社長として赴任。それまでの店のイメージを一新する。天津市民の間で伊勢丹ブランドの価値が上がり、売上も絶好調。市から優秀経営者として表彰される。2004年、天津日本人会会長。2006年9月、天津市の中心部にデパ地下からエルメスまでを揃えた中国初の近代的百貨店を開店。2007年4月に伊勢丹を退社。現在、株式会社セレスポの取締役副社長を務める。『十五億人を味方にする―中国一の百貨店 天津伊勢丹の秘密』が初の著書。